グロブ

気合い

蠰 蝉

地元に還った。このご時世、不要不急の外出は避けるべきだという世間一般の風潮に流され、私はこの4ヶ月程を僅か2m四方程の空間で消費した。とは言っても人間は食肉を啜り、人畜無害な植物を刈り取って腹に収めなければ生きていけない。現に私は餓死せず、ビブルカードを2mm程残す形で生き延びているので最低限の外出はしていたということだ。(狩猟及び採集)

 

そんな私が避けていた不要不急の外出とは何か。端的に言うと散髪である。元来、ファッションに気を配らないタチの私には、わざわざ髪を散らすことに何故金を払わなければならないのかが到底理解できない。そもそも髪というものは脇役でしかない。主役を張るのは顔面で、その装飾に過ぎない。Twitterでたまに見かける、「なんかチャラい美容師(中尾明慶みてえな顔の奴ら)がハサミをカメラにぶつけ、次のカットで冴えない男がナウでヤングなチョベリグ兄ちゃんになる動画」が発信する、「似合う髪でカッコイイは作れる」というメッセージは虚構に過ぎない。それは「顔面に対応する髪型にはある程度セオリー(限界値)があり、あとは顔面のポテンシャル次第」の言い換えに他ならないからだ。従って私は散髪ないし不要不急の髪散らし行為を行わなかった。(証明終)

 

しかし、黙認できる限度を超えた毛量(魍魎)は時として所有者の生命を削る。多くの野生動物が季節に合わせて毛量を調整する中、他の種を凌駕し世界を掌握したヒトである私が髪を伸ばして死に近づくことは自然の摂理に反するのではないか、もしそれを認めてしまおうものなら、火星ではゴキブリが異常な進化を遂げてしまうし、ウォールマリアは破壊され、くいなは階段に殺されてしまうだろう。そうした恐怖に支配され、美容室に伝書鳩を飛ばした。

 

予約をした美容室は私が小学生の頃から通う、アメリカの肉屋のステレオタイプみたいなおじさんが1人で切り盛りしている店だ。私は会話が苦手なタイプのチー牛ではないのだが、肉屋での会話の作法は心得ていないチー牛であるため毎度適当にやってくれと頼むようにしている。この肉屋はある程度、私のヘアスタイル像が固まっているらしく、いつも同様の手順で仕事を終わらせようとする。その手順を大まかに紹介すると、先ず髪を濡らし、サイドを刈り上げて、頂点とその周辺を揉みしだくといった具合だ。

 

毎度サイドを刈り上げたタイミングで目の前にイカれたリヴァイが映し出され驚くが、今回は少し違った。今までないくらいに髪が伸びていたためいつもと雰囲気が異なり、イカれたリヴァイではなくクソ汚ぇ鬱のフワちゃん(以下、汚フワ(オフワ)と表記する。)が現れた。突如現れた汚フワに驚いた俺は絶望を覚え、役所で姓名を汚・フワに変えるべきかどうか一応考えた。毛量の50%程を失い半ハゲ汚フワになった段階で顔面剃毛の呼吸壱ノ型へと移った。

 

眉を剃るかという問いかけに、「あぁ…っぃす。」と応えたところ、剃ることになった。眉を剃られるのは初の経験であったため、拡大解釈すれば肉屋に筆おろしをされたと言っても過言ではない。眉を剃られている間、呂布カルマみたいな眉になるんじゃねえかなという恐怖から、頭の中はボソボソ歌いながら夜の繁華街を柄シャツで闊歩する呂布カルマで埋め尽くされた。

 

その後、洗髪を終え3300円を一瞬で消すマジックをした。店を出て、道端に落ちていた蝉の死骸で口を濯いで帰った。